838直熱真空管シングルアンプの作製
 211や845の陰に隠れた存在ですが、838もハイパワーを誇る送信管の一つです。宍戸式アンプで有名になった805と電気特性は類似したパワー管です。このアンプを作ることになったいきさつについて少し書かせてください。
 佐久間駿という人をご存知でしょうか?いわずと知れた真空管アンプビルダーの一人です彼の著した「直熱管アンプの世界失われた音を求めて」(紀伊国屋書店)を本屋で見つけて買ってきてすぐに読みました。何となく昔の音楽の回想録のような読み物ですが、不思議な魅力がある本でした。佐久間氏はトランス結合と直熱管だけでプリアンプもメインアンプも設計するユニークなビルダーです。彼が千葉の館山でレストランを経営しており、そこに行けばアルテックのA7とトランスドライブの直熱管シングルアンプに会えると思い、一度訪ねたことがあります。ある年の晩秋のことでした。ちょっととっつきにくい仙人みたいな人ですが、「久しぶりに眼光の鋭い人に会ったなあ」と思いながら彼の話を聞いていました。そのうちとっておきのレコードをかけてくれました。詳しいことは忘れましたが、フルトベングラーがナチに脅されて(ゲッペルスが臨席したそうです)ヒトラーの生誕前夜祭に演奏したベートーベンンの第九でした。指揮者をはじめすべての楽団員が拳銃を突きつけられたような極度の緊張状態での演奏といのが肌で伝わってくる感じが忘れられません。ベルリンが崩壊した時にロシア人がそれらのマスターレコードをすべて持ち帰ったとのことで、市場に少しづつしか出回っていなかった超レアなレコードだったそうです。当時ラジオ放送した際の録音をアセテート盤でおこしたものをもとに最近復刻ARCHIPELCDが最近リリースされています。

 最初は拒否反応から始まりました。A7から出てくる音は確かに力感のある豊かなものなのですが、アナログ特有のナローレンジ(超低音も高音も出ない感じ)の音でCDに聞きなれた耳には大変な違和感でした。しかし聞き込んでいくうちに、昔よく聞いていたレコードの音を思い出したのか、自分の脳が補正をかけ始めたのか、低音も高音も聞こえて来るうに感じるから不思議です。あっという間に深みにはまったように聞き入っていました。佐久間氏のとうとうと語るレコードの歴史の話、お店の雰囲気、アナログの音、A7の咆哮、そして何より211ドライブの211シングルアンプの重厚な出力音、などすべての条件が一度に成立してしまって完全に金縛りにあったような気持ちになりました。あの感覚は1ヶ月くらい体の中に残っていたように思います。
 それから是非とも送信管(845,211,838)のシングルアンプを作ってみたいと感じるようになりました。845や211はRCAやGEなどのビンテージものはかなり高価なのでちょっと手を出す勇気も貯えもありません。かといって現行品の中国製を買うのもちょっと気が引けます。それに比べて838は入手しやすい価格のようです。最初はヤフオクで2本(ペアではない)NOSを18000円で手に入れることができました。これが838アンプを作った動機です。せっかくですから838もトランス結合にしてドライブにも直熱管を使ってみようと思いVT25を選択しました。VT25のドライブは6SN7のパラ接続としました。アンプシャーシはいつもと同じタカチのSLシリーズですが、今回は最大級のSL-20としました。 メインパネルの図面サブパネルの図面です。 直熱管のヒーターは今回はスイッチングレギュレーターを使いました。電圧の立ち上がりをICで少し遅めにしました。またB電源も遅延回路とリレーにより十分直熱管が温まってからかけるようにしました。電源トランスは360Vの倍電圧整流で950Vを発生するTango(ISO)MS-4042というものにしました。838のロードラインを検討しました。その結果、動作点はE0=900 V, I0=85 mVと設定しました。プレート損失は約80Wです。ロードラインは10 kΩが適正だと判断しました。その結果トランスとしてTango(ISO)のFC-30-10Sというものにしました。段間トランスとして当初NC-16を使いましたがVT25のプレート電流で飽和してしまい具合が悪いです。イントラ反転接続も試しましたが結果は良くありませんでした。結局チョーク接続に切り替えました。この辺が悔いの残ったところです。高電圧を扱うのでかなり緊張しました。





最後の写真は当時のシステムを映したものです。プリアンプはラックスのCL36を使っていました。強烈なアナログレコードの印象が冷めやらないうちにEQとターンテーブルをそろえて失われし音を追求し始めました。今回作成した838アンプはトリウムタングステン・フィラメントで、煌々と輝き大変な存在感です。1000V近い電圧と85mAは何とも大電力の供給です。このことによりしっかり低音も出てくるのだと納得しました。佐久間氏は「やはり物量作戦でいかないと良い音は出ないよ」言っておられたのを思い出します。直熱3極管の印象というより、この838アンプと以前に作ったEL34PPアンプとの比較ということでお話ししますと、音のスピード感というか立ち上がりのシャープさはEL34PPに軍配が上がると思います。しかし音の引き際というのでしょうか、シンフォニーなどで大音量でクライマックスを迎えた直後の静寂の時、これらの2つのアンプで差があるような気がします。この838アンプでは一瞬にして「有」から「無」へと切り替わるのではなく、水がすばやく引いていくような余韻を残しながら「無」へと落ちていく感じです。アコースティックな感じというのでしょうか?なかなか新鮮な体験をすることができました。納得の音なんですがいかんせん発熱が大きく夏場はクーラーをつけながらでなければちょっと厳しいものがあります。そのへんがこのアンプの課題となるのでしょうか。



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