Marantz Model7 KC の作製
 Marantz型のプリアンプを自作してから、本物の音を聞いてみたいという気持ちが湧き上がってきます。また838シングルアンプを我が家のメインシステムにしてからCD中心だった音源がアナログレコードへとシフトしてきました。ラックスのCL36に不満があるわけではありませんが、発売から50年以上たっても絶大な人気を誇るMarantz Model7プリアンプに触れてみたいという願望はオーディオファンにとっては説明の必要がないことではないでしょうか。もちろん、発売当初搭載されていたコンデンサーやアッティネーターは現在では入手できなことから、往時の音は期待できないことも理解しておりますが、電気回路がユニークなところ(一部理解できていないとこともあります)や存在感のあるデザインは大きな魅力です。奇しくも私は1958年生まれであり、Model7と同い年です。Model7のオリジナルは100万円をくだらないといわれております。これはどう考えても入手できそうにありません。その後のキットと復刻版リリースされました。キットは自分で手を入れやすそうなのでアンプビルダーには人気があるようです。ヤフオクを見てますと、キットでも20から30万円という高値で取引されているようです。こんなに高いのであれば自分で作れないだろうかと思い始めました。
 eBayでかねてから目をつけていたものがあります。それはModel7のシャーシです。$199でした。米国内のみの発送となっていましたので思案しているうちに、期間が終了してしまい購入の機会を失ってしまいました。数ヶ月前にModel7Kの作製マニュアルをYahooオークションで13000円で落札していました。いずれはキットのコピーを作ろうと考えておりました。その年の夏の終わりになり突然あきらめていたレプリカシャーシが再びオークションに出てきました。ちょうどそんな折コロラドで1か月ほど仕事をすることになっておりましたので、出張先に発送してもらえるから買うことにしました。値引き交渉をして$180で購入しました。ちなみにこの出品者は以前Model7のパネルも売っていたことを知っていたので売ってもらえるかどうかたずねてみました。$300で譲ってくれるとのことでした。さらに木製キャビネットを勧められました。$200でした勧められるままに買うことにしてしまいました。キットのマニュアルから数えると80000円以上の投資です。家内にも内緒の話です。これでもう後には戻れません。「マランツのModel7のクローンを作るぞ!」と心の中で決意を新たにして帰国しました。



 設計の方針としてなるべくModel7Kと同じものをつくること、できうる限りオリジナルパーツを使うこと、などです。これからクリアーしなければならないハードルは、
1  電源トランスの確保
2  レバースイッチはどうするか
3  レーバースイッチの先端ノブについては
4  つまみについては(大4個、小4個)
5  ロータリースイッチについてどうするか
6  ACラインの保護用のプラスチックは手に入るか
7  RCAのピンジャックをどうするか
8  整流素子はどうするか
9  ボリュームについては
10 電源用のブロックコンデンサーはどうしようか
11 フューズホルダーは手に入るか
12 真空管は何を使うか
なかなか手ごわそうな問題が山積しています。電源トランスを選定するために早速電源について調べてみました。要求されているのはB電源では280V(約10mA)です。半波整流直後の電圧で328Vと記載されています。ヒーターについては18.9V(0.3A)です。プリアンプ用の電源はあまり選択肢がありません。結局Tango(ISO)のGS35Dということになりました。スペックは(260-0V CT 35 mA, 15-0V 1.8 A, 6.3-0V 1.5 A)です。B電源は問題がなさそうですがヒーターについては15Vでは足りませんので15Vと6.3Vを直列にするか15Vの倍電圧整流にすることにしました。このトランスはケースに入っておりますのでリーケージフラックスという点では良いのですが既存のシャーシに収められるかどうか確かめる必要があります。それはACアウトレットソケットとアウトプットレベル調整用VRの間に格納できるかどうかということです。調べた結果これも問題がなさそうです。というわけでGS35Dにしました。次にレバースイッチについてです。これは大変困りました。秋葉原に行って足を棒にして歩きましたが見つけられませんでした。その後エレキギター(Fender)に使われている音質変更用のスイッチが使えることがわかりました。楽器屋さんで調達できます。つまみについてはサトーパーツの現行品で満足するかエイフルの復刻品を買うかです。エイフルさんのは高いですがやはり本物と同じ風格で素晴らしいです。こちらにしてよかったと思っております。難儀したのがロータリースイッチです。トーン回路とモード切替用は岩通のもので問題がありません。セレクタースイッチは困りました。要求スペックは8接点、10回路、ショーティング、20度ステップということになります。30度ステップはありますが20度というのはかなり特殊です。幸い製造販売しているメーカーを見つけました。小島製作所です。特注品にもこたえてくれるようです。オーディオ用のロータリースイッチとしても定評があるようで某有名音響メーカーにも提供しているとのことです。



オリジナルModel7のピンジャックはかしめる構造のものでした。年月を経ると接触不良を起こすことが指摘されているのでここは少し妥協してねじ止めのものにしました。またオリジナルはセレンを用いた整流を行っております。セレンは湿度に弱く寿命が短いそうです。電気的特性を重視して今回はダイオード整流にしました。機会があったらセレンに交換してその違いを体感してみたいと思います。ボリュームについてはオリジナルはクラロスタット製だそうです。もちろん今に至っては手に入りません。オリジナルの第二世代では東京コスモスのものに取って代わられたそうです。たまたまアーレンブラッドのものが手に入ったので、アメリカンなテーストを味わうというつもりでとりあえずアーレンを採用しました。最終的にはこれをセイデン製のロータリースイッチを用いた抵抗の組み合わせ方式に変更しました。ブロックコンデンサーは現行品はありませんので自作することにしました。スナップインタイプのコンデンサーを円筒形のケースに格納することにしました。放熱の問題が少し気になるところです。一応105度まで対応のものを選びました。



 フューズホルダーはオリジナルはLittel製です。これは比較的多くのショップで手に入れることが可能です。真空管についてですが、オリジナルはテレフンケンのダイアマークが採用されていたそうです。発売当時は色々と試した結果ノイズが少ないという理由でテレフンケンになったとのことです。昨今ではテレフンケンは高音質ということになっているようですね、少し混乱があるようです。予算を使いすぎましたので今回はRCA12AX7ということにしました。そのうち、色々な真空管を試すことにします。ヒーター電圧についてですがオリジナルは面白い組み合わせになっております。真空管一本当たり12.6Vを採用し、もう一方の真空管はヒーターのセンターと直列にし18.6Vを使っています。なぜこのような変則的な使い方をしたのかと訝っております。ヒーター電流は少なければ少ないほどノイズが小さいということを何かで読みました。もしかしたらそれが理由かもしれません。


機構部品の加工を行いました。真空管ソケットが付くパネルはホームセンターで買ってきたLアングルを裁断して作りました。アルミの裁断やシャーシパンチによる穴あけは体力を使いますが楽しい作業でもあります。メインボードですが、黒色のベーク板を裁断して作りました。2ミリの穴をあけてタップでねじを切り2.6ミリの端子ねじを埋め込んでいきました。メインボードと真空管パネルを合体させるとだんだんとオリジナルのアンプのパーツらしくなってきました。


ブロックコンデンサーを止める部分にラグ板を取り付けました。B電源の電圧がオリジナルトランスと異なっているため抵抗はカットアンドトライで最終的に決めるということで進めます。個別に作ったパーツをシャーシ内に格納してみました。この辺りを過ぎるころからトンネルの先が見えてくるような気持になります。メインボードにCRを取り付ける作業があるのですが、コンデンサーの調達がまだ完了しておりません。オリジナルアンプはスプラグのバンブルビーと呼ばれるオイルペーパーコンデンサーを採用していました。寿命があるようで、程度の良いバンブルビーを手に入れることはほとんどできそうにないということなので、セカンドベストオプションとしてやはりスプラグ製のブラックビューティーと呼ばれるフイルムコンデンサーを採用することにしました。アンプの中に使われただけでなくエレキギターにも多く使われたとのことで、むしろギタリストの間でビンテージサウンドを求めて需要があるようです。このブラックビューティーも入手がむつかしくなっているようですが今回はオークションなどで何とか手に入れることができました。


メインボードの背面に抵抗が集中しています。今回はアムトランス製の炭素被膜抵抗を使ってみました。コンデンサーもはんだ付けしました。比較的大きな部品を配置して真空管のソケットに直付します。隣同士がショートしないように注意しながらやりました。心臓部が完成しました。



トーン回路のロータリースイッチへRCをはんだ付けしていきます。ロータリースイッチは岩通製でショーティングタイプのものを使いました。細心の注意を払っても間違えてしまう気がしましたので、ロータリースイッチに数字を書いて1つひとつ確認しながら進めました。


指定された色に従って信号線をセレクターのロータリースイッチにはんだ付けをします。このロータリースイッチには信号のセレクター部分だけではなく、フォノイコライザーのRCも一部取り付けます。信号線をピンジャック側に配線します。タイバンドで束ねてみるともっともらしくなってきます。レーバースイッチ回りのはんだ付けも行います。オリジナルのハイカットフィルターはL=0.2H(推測値です)のコイルとRCの組み合わせです。適当なコイルを入手できなかったので、今回はRC回路で組みました。


最後にカットフィルターから出力ピンジャックに信号線をはんだ付けしてやっと完成しました。長い道のりでした。はやる気持ちを抑えながら配線の再確認を進めました。恐る恐る電源を入れます。B電圧およびヒーター電圧についてはブリーダー抵抗を少し変更して適正になるように調整しました。


早速音出しをするとトーンアンプ部については全く問題がありませんでしたが、フォノイコライザーは発振してしまいました。しばらく作業を中断して頭を冷やすことにしました。根気よく回路を追いかけていった結果、EQ素子の部分が左右逆のチャンネルに接続されていました。元に戻して再度音出しをします。LPを再生させていたのですが、今までに聞いたことがないような圧倒的な音が体に突き刺さってきました。本当に興奮しました。今まで使っていたラックスマンのCL36とは全く違った音です。この鋭い感覚の音が万人を虜にしてきたのだと納得した気がします。そう思う一方でもしかしたら、人によっては嫌いだという人もいるかもしれないようなシャープな感じです。そのうちモデル7の対極にあるといわれているマッキントッシュのフォノイコライザーを作って比較して聞いてみたいものです。しばらくエージングを兼ねてこのアンプを我が家のメインシステムで使うことにしました。メインアンプは以前に作った838シングルアンプです。やはりマランツのフェースは素晴らしいです。Saul B. Marantzという人は工業デザイナーだったそうですがさすがにセンスがあります。50年たってもそのたたずまいは一分も色あせておりません。今回の作製は時間も予算も多くかかりましたが大変面白かったです。このマランツモデル7クローンで今後音楽を味わっていこうと思います。結局このアンプをメインシステムとしましたので、CL36は手放すことにしました。この辺でアンプ作りの道楽にピリオドを打てれば良いのですが・・・


その後少しだけ手を加えました。ボリュームにアーレンブラッドを使っていましたが左右のバランスもよくないし、軸を回した時の感触もあまりよくありません。そこで、セイデンが出している23接点のロータリースイッチでp型のアッティネーターを作って載せ替えてみました。音質的に変化したかどうかは全くわかりませんでしたが、切替のクリック感がとても良いです。精密な金被抵抗を使いましたから精度も高いです。気に入っております。またアルプスのバランス抵抗を特注で作ってもらいました。仕様は1MΩ MNタイプです。センタークリックがついているものにしました。また、ちょっと恥ずかしい話ですがオールドマランツらしくするために高いお金を出して茶色のノブを買いました。単なる自己満足です。そのうち一度真空管の差し替えでもやってみたいと思います。

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